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2013年8月30日金曜日

七段審査に向けて メモ


数々の立会い稽古をしながら、自分なりに書いた反省・課題メモ。

 

七段審査に向けて

 

-       格好つけずに魂のこもった立会い。何よりもまず「気」を大切に。本当に受かりたいんだという切実さをしっかりと出す。

-       相手との間合いを大切にする。右足で攻めるタイミングは相手の呼吸ありき。自分勝手な動きはバタバタするだけ。足幅は間合いを盗むためにも狭く。左足を置いてけぼりにしない。左足が相手との間合い。

-       初太刀を大切にするが初太刀に囚われない。先で攻める必要はあっても先に技を出す必要はない。面である必要もない。相手の呼吸応じてただ身を捨てる。

-       打ち切る。有効打突か否かに関わらず打ち切る。但し品をもって冗長な残心は慎み、相手との縁を切らず、相手より先に次への準備が出来ていること。

-       一太刀一太刀を初太刀と考える。前の失敗を頭に残さない。

-       打ち間に入ったら、常に前に出ていける状態をキープ。左足アクセル、右足ブレーキ。そして最後のギリギリまで溜める。

-       攻めのある応じ技。待っての応じ技は相手に浮かされているも同様。相手の打ちに全て応じ合わせる必要なし。動じず裁く。

-       ひかがみを緩め過ぎない。ひかがみが品位を造る。膝が曲がり左腰が落ちると上半身のバランスも崩れ攻めにガツガツ感が出てしまう。

-       立会い直前、迷いが生じたら日頃稽古でやったことを出すだけで良い。

-       まずは堂々と相手を迎え討つ構え。我上位。いつでも来いの気持ち。

-       相手の攻めには一旦我慢、攻め返す。攻防逆転の機まで我慢。さもなくば相手に動かされたと同じ。

-       何でもかんでも相手の攻撃に合せない。相手に合わせてスピード・上手さで打ち勝っても無意味。打ち勝つことなく攻め勝つ。1分半に3本で良し、くらいの落ち着きをもつ。

-       肚を据える。ビクビクしない。万一、気を合せてもらえないバタバタの相手に出会ったら一本も技を出せなくても次で(前で)評価してもらうくらいの心の強さ。風格だけで合格してみせるくらいの開き直り。

-       大舞台で見てもらっているワクワク感をもつ。

-       仕掛け技も応じ技も、自分の攻めがありその攻めが効いたときのみ出す。

-       相手を遣った風格のある立会い。

-       無心の良い打ちを一本。当てた数ではないと心得る。

-       いざ捨てる時は、小手を打たせて最高の面、胴を抜かせて最高の面の気持ちで、むしろ打ってくれの心。本当の捨て身のいい技は打たれたくないと思って出す技には表れない。

-       遠間の攻め(遠間の打ちではない)。ここに違いを見せる。相手より遠い間合いからより強い圧力、相手に乗り始める。

-       力を抜いて相手を見据える。圧力をジリジリ与えて、あとは右足を出し、結果を天に任せる。

2011年9月26日月曜日

剣の妙味

思いがけず、恐れ多くも角先生よりジャカルタにエアメールが届く。先日の福岡での稽古を受け、ここジャカルタでの(日本に比べ不利な条件下での)稽古への心配り、激励をしてくださっている内容だった。

手紙だけでないところが大先生。もう一枚同封。「剣の妙味」。むしろこっちがメインか。



2009年8月13日木曜日

8/12 サリパンでの稽古

構えから攻めにいたる際の左足のあり方、重心のかけ方は手段であって、目的ではないハズ。その目的を理解するにあたり、現在の迷いを多少なりとも解消してくれる解説に出会いました。




まず相手の立場になってみる。どんな状態が最も攻められていると感じるのか。どうされると怖いのか、迷うのか。



相手の重心が安定している状態か?それではすぐには打って来れまい・・・。ましてや後ろにふんぞり返っている状態でもない。へっぴり腰の前傾相手では打たれたってかすり傷。



腰の入った体全体がものすごい圧力で今にも襲ってきそうな状態・・・・。でもいつ来るか分からない。「出たら出ばなや返しを食らうだろう。出なきゃ突きも来るだろう。」



そんな準備万端の状態を作り、保持すること。そして、それを相手に感じさせること。


それを十分感じさせるにはじっくり圧力をかける。





で、本日の稽古。成果はといいますと・・・。



そんなに上手くいかないのが剣道の面白いところ。



でもゴール(といっても山ほどある課題の中の一つ)を理解すれば、違う山に登って行ってしまう事はないハズ。じっくり研究&トライし続けます。

2007年12月13日木曜日

剣道の理念 12/12の稽古

前回の稽古でK先生より「攻めに気持ちが伝わってきた」との評価を受け、最近本で学んだことなどもあわせて少し考えました。
Following I was commented by K sensei that my process of attack (SEME) is getting better, I deliberated what is important for Kendo, referring to the books I read recently.

何をしなければいけないか、何をやってはいけないか。どういう剣道が良くて、何が悪いのか。どういう稽古をしなくてはいけないのか。正直これまでは、中心を取るとか、下がっちゃいけないとか、受けに回っちゃいけないとか、攻めが無いといけないとか、当てるだけじゃいけないとか、なんだか分からないけどそれがいい剣道なんだ、そうすれば立派に見える、なんていう漠然とした剣道観で稽古していました。
What kind of Kendo is admirable? What kind of practice is valuable? To be honest, I had a policy but that was quite vague image. Keep a shinai center, don't step back during fighting, have a process before an attack, or hit with a completion of KIKENTAI,....etc I knew that was the good kendo but I didn't know why.

「剣道の理念:剣道は剣の理法の修練による人間形成の道である」
"The concept of Kendo is to discipline the human character through the application of the principles of the Katana (sword)", according to the All Japan Kendo Federation.


今まで気にしていなかった「剣の理法」という言葉に大いに意味があったようです。つまり「刀剣による攻防の理法」。これを心がけることで生死を賭けた心の修行ができ、人間形成に繋がるというのです。竹刀を真剣に見立てるがゆえに出来る心の修行、例えば克己・平常心・敬愛などなどがあるというのです。自分の中でようやく剣道と人間形成が繋がりました。
I've just realized that "Katana (sword)" is the key word. Only by considering a shinai to be a sward, we could see a matter of life and death. Because we deliberate such a matter of life and death, we could discipline our spirit. Finally I have been able to associate Kendo with human character.

そもそも、剣道がよからぬ方向つまり心を無視した競技に走らぬよう制定された理念であるから、逆を考えると、努めなければならないのは生死を賭けた心の修行を伴った稽古、これを怠ってはいけないということ。
Originally, this concept was established to prevent Kendo from going sports match without such a matter of life and death. Again, all we have to do is practice with consideration of such crisis.

話は稽古の方法に戻りますが、試行錯誤の末なんとなく最近理解してきた攻めの重要性というものが、ここで明確になりました。つまり竹刀を刀とみなし、その恐怖に対し自己に打ち克ち、相手の心を動かした攻めで無ければ意味を成さない。打った打たれたは二の次で、相手の心を動かしたか否か。一度打ちに行ったら捨て切れているか。相手をハッとさせたか、ヒヤッとさせたか、ゾッとさせたか、自分はそうしなかったか。などなど・・・・。
Now, back to the topic of the keiko. As the result of my struggling in the recent keiko, I've realized the importance of process of attack (SEME). It is no use hitting an opponent without the SEME. We have to makes the opponent surprised, scared, or puzzled with proper SEME. Also, once we decide, we have to go at all the risk of our life.

本日の稽古でM先生が全く同じ内容のことをおっしゃっていました。「相手の刀が動いていないのに向かっていくのは自殺と同じ」
M sensei told us the same thing in the keiko today. It would be suicide if you went to an opponent although a sword is kept at your throat.

こんなことも分かっていなかったのかと恥ずかしい気にもなりますが、この”気づき”を大事にしたいです。おそらく先生からや本だけで見聞きしただけでは、「竹刀を真剣と思って・・・うーん。」としっくり来ずに終わってたと思います。むしろこれまでは、そんな理法に関する本など見たこともありませんでいたが・・・。ここ最近自分に何が足りないのが試行錯誤しながら稽古するうちに、心の動きの重要性を実感し、それがこんな形で剣道の理念を多少なりとも実感できるに至ったと思っています。

一方、稽古で体を動かすだけでなく勉強することの効用を痛感しています。因みに今は堀籠敬蔵範士の「剣道の法則(元は剣道時代に連載だったらしい)」を読んでいます。

2007年10月25日木曜日

10月24日稽古 先々の先

一昨日、実家の父から毎月送ってもらっている剣道雑誌雑誌、「剣道時代」「剣道日本」が届いきました。両者を比べると「剣道時代」のほうが読み応えがあり好きですね。極端に違いを表現すれば、「剣道時代」は剣道を極めんとする高段者向け、剣道日本は幅広い剣道人口を対象という印象です。



正直、ここ最近までは「剣道時代」なんて、購入どころか読むこともありませんでした。勝負(だけの)剣道をずっと続けてきてきたことの裏返しで、剣の理法といった深い話など興味も無ければ、到底理解できませんでした。ところがここに来て、毎月のこれら剣道雑誌を楽しみにし、ページの隅から隅まで読むようになりました。心に響いたり、大事だと思ったフレーズには黄色の蛍光マーカーまで入ってます。



前置きが長くなってしまいましたが、その剣道時代11月号で「先大全」と称し「先」についての重要性が記されていました。その中で、今実践している剣道に大きな欠落があることが判明。



「先」の解釈は様々だそうですが、一般的には、仕掛け技となる「先々の先」、相打ち技となる「先」、応じ技となる「後の先」の3つに分類されています。その中で「先々の先」に対する意識が非常に薄く実践できていませんでした。



相手の出ばなが最高の打突の機会という観点から、それを作り出すことのみに執着していましたが、やっぱりそれでは攻めの幅がとても小さいですね。もっと「先々の先」で技を仕掛けていく必要を再認しました。

よって、今回の稽古では、攻めても相手が出てこない、或いは動じないとなれば、相手の剣つまり中心を制して乗っていくという攻めを実践してみました。バタバタ無駄打ちをするというのとだけは混同しないよう、相手を確実に崩して打突していきます。

結果、感触としては、これまで以上に相手に脅威を感じさせることができ、お互いの関係がピリピリとしていい稽古になったと思います。

H先生より、左足が開いてしまいいているとの指摘がありました。気をつけます。

2007年9月27日木曜日

攻め足

本日の稽古は、攻め足を意識しました。つまり、左足重心の状態で右足をスーッと前に出し、

1.相手が誘われて前に出てきたら、その瞬間を出ばな面、或いは小手に出る(相手が小手であれば小手-面)。
2.相手が下がれば、左足をすぐ引きつけ相手を追いやる。あるいはそのまま面に飛び込む。
3.相手が全く動じなければ中心をとって突き。
という攻め方です。

これら大きく3つの選択肢の中から選んでいる状態が所謂”溜め”ではないかと感じています。

この攻め足はこれまでもずっと実践してきましたが、加えて、正しい姿勢での打突、つまり踏み込み足を上げすぎないこと、腰をしっかり入れることを徹底するようにしています。

物理的に見ても、この先の攻めが無い状態で、相手が先に動いたのであわてて合わせて出ばなを狙っても、よほどの実力差が無い限り、先に動いたほうに乗られ打ち遅れます。正しい構えを目指すようになって以来、いろいろな重心移動の方法を試してみてますが、今のところ、先の攻め(誘い)無い状態から一瞬にして一拍子で前方へ打ち出し、相手に打ち勝つというのは極めて困難という結論です。この攻め(足)を出していない瞬間というのは、常に後の先でいつでも返せるという状態を保つということでしょうか。

攻め方、つまり右足の出し方には、短く、長く、早く、ゆっくりなどバリエーションをもたせることも必要でしょう。また右足を出す際に、左腰始動で右足を動かすイメージも重要ですではないでしょうか。

最後に、この攻め足で攻める際には、物理的に前に出るだけでなく、気でもって相手を動かす訓練をしていきたいと思います。

2007年6月14日木曜日

実戦剣道DVDの購入

実戦剣道-剣の秘訣-というDVDを購入しました。小林英雄範士八段が高段者向けに発行したDVDです。2枚一組で計2万円。剣道を知らない人からすれば、かなりマニア向けのDVDです。



毎月購読の剣道誌「剣道時代」の広告をみてインターネットで購入したのですが、小林範士が指導・解説とあって思わず衝動買いしてしまいました。というのも、小林範士は剣道の試合では最高峰とされる明治村大会(現在は八段選抜大会に変更)でも大活躍をされた方で、それを映像で拝見して以来大ファンとなりました。同じ八段という最高の段位でも様々なタイプの剣道家がいます。そういった様々なタイプの中でも、映像でしか見たことありませんが、自分の目標とすべき先生の中の一人としています。

そこで、DVDの内容のほうですが・・。

指導・解説そのものは期待通りの素晴らしいものでした。目から鱗の出るような指導もあり、すぐさま稽古へ繋げようと思っています。ところが、DVD自体の仕上がりはというと、非常に人間味溢れるものに仕上がって、というか正直殆ど編集技術を使っていない手の掛かっていない作品でした。もったいない。

例えば、こんな場面。

気合のかけ方の良い例として、「一人が掛け声を掛けたら、相手がそれを返して負けずに掛け声を掛け、更にまた一方が返す、そして更に、といった掛け合いが大切」とおっしゃった後、二人向き合って剣を交え、例を示されました。

相手:「(非常に大きな声で)ヤーー」
小林範士:「(負けじと大きな声で)ヤーー」
相手「(なんだか恥ずかしそうに)ゥー・・」
小林範士:「・・・・・」

お互いに交えていた剣を解き、解説。

小林範士:「(苦笑いを浮かべながら)あんまり上手くいきませんでしたけれども、そういうことで気合というのは非常に大切なものです・・・。」

・・・・って、上手くいかなかったんだったら上手くいくまでやって、いい例だけを提供するでしょう、普通。2万円も出したんですから。

また、別の場面で、小手打ちの例を示されるシーン。

小林範士が小手を打ったが少々深く入り、道着に引っかかってしまいました。すぐさま「じゃ、もう一回!」とやり直し。

・・・・・・。上手くいったほうだけ採用いただければいいと思うのですが。どうも映像の取り消し、撮り直しは許されていないようです。全て一発勝負、さすが勝負士。

更には、どうやらカメラの左下に、範士が事前作成されたカンペがあるようで、解説の途中あるいは、次のテーマに移るときなど、どうしても目線がそちらのほうへ。これもまた、編集を使えば、テーマごと或いはスムーズに解説できる範囲ごとに区切って、いかようにも美しく提供できると思うのですが。


などなど、上手く編集すれば、一枚のDVDに収まったのでは・・・。まんまと商売に引っかかったのでしょうか。

編集方法のダメ出しばかり多くなりましたが、そういった人間的な暖かい雰囲気も含めて、結局のところ個人的には大満足の一品でした。剣道を愛する方にお薦めします。

投稿が剣道ばかりになってきました。ある同僚から趣味の幅を広げろと言われています。